特別な夜のココア
夕方は、毎日戦争だ。
坂の多い道を、自転車で走り回ること1時間。別々の保育園に通う子供たちをピックアップして帰宅。「おなかすいた」の大合唱をBGMに、大急ぎで上の子の食事と、下の子の離乳食を準備。 子どもたちの食事が終わったら、お風呂の準備をしながら、ささっと自分のごはんをかき込む。 赤ちゃんをお風呂に入れながら、自分の体を大急ぎで洗い、今度はお兄ちゃんのお風呂。
ほっとする間もなく子どもたちにパジャマを着せ、いろいろな薬を飲ませたり塗ったりし、お兄ちゃんの歯を磨き、赤ちゃんが眠る前に飲むミルクを用意すると、あっという間に就寝時間。 お兄ちゃんがレゴで車を作っている間に、赤ちゃんの寝かしつけをする。
暗闇で、赤ちゃんが眠りに落ちるのを待ちながら「ああ、食器洗わなきゃ」「保育園から持ってきた洗濯物、バッグに入れっぱなしだ」と、心のタスクリストにするべきことがどんどん積み上がっていく。
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本当は、子どもたちとゆっくり遊んだり、家族でゆっくり食卓を囲んだり、したい。
でも、私は要領がよくないから、しなければならないことに追われて、朝夕の時間があっという間に過ぎてしまう。
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風邪気味のせいか、いつもより寝つくのに時間がかかった赤ちゃんに布団をかけて、お兄ちゃんのいる居間に戻る。
弟が生まれ、すっかりひとり遊びが上手になった長男が、背中を丸めて静かに車を組み立てている。
やさしくしてあげなきゃと思うのに、「子どもが寝る時間」をとっくに過ぎた時計を見ると、つい長男を急かしてしまう。
「早く片付けて」「トイレに行って」
食器を洗いながら次々と指示を出す私のところへ長男がやってきて
「おかあさん、ココアがのみたい」
と言う。
「ココア? なんでもっと早く言わないの? だめよ。こんな夜遅くに。明日にしなさい」
長男は何も言わず、黙って俯いて立っている。涙がこぼれて床に落ちる。私は食器を片づける手を止めた。
「分かった。お兄ちゃん今日もがんばったからね。特別にココア飲もう。飲んだらすぐ歯みがきしようね」
長男はにっこり笑って「おかあさん大好き」と言った。
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牛乳を温めてココアを作っていると、ふんわり甘い香りが立ちのぼる。
「お母さんも一緒に飲んじゃおうかな」
二人分のココアを作って、テーブルに向かい合って座る。
「あ~おいしい。あったまる~」
マグカップの底に溜まった粉をかき混ぜながら、長男は大事そうにココアを飲んでいる。
「甘くておいしいね」
「お母さん」
「なに?」
「こんなふうにさ、二人でココア飲むの初めてだね」
あ。
「うん。そうかも。初めてだ」
こんなふうに、夜、子どもを叱りつけたり急かしたりせず、にこにこ笑ってただ一緒に過ごすこと。
「たまにはさ、こういうのもいいね」
長男が言った。
「うん。ほんとだね」
ココアは甘くて、あたたかくて、こわばっていた気持ちがするするとほどけて、ここしばらく忘れていた穏やかな気持ちが戻ってくるのを感じた。
*
私は要領がわるいので、何とかお母さんらしい形を整えるのに必死で、いつもぎりぎりいっぱい。大切なものを見落としてしまう。 でもそのたびに、君が宝物を拾い上げて「お母さん、見て」と思い出させてくれたこと、君が大人になっても、自分がおばあさんになっても、お母さんは絶対に忘れない。
*
ココアを飲んだ後、二人で私の雑誌をめくって、「この服はお母さんに似合いそう」と批評し合ったり、「このスカート、変な模様!」とげらげら笑ったりした。 子どもが寝る時間はとっくに過ぎちゃったし、夜甘いものを摂るのはよくないし、食器は洗ってないし明日の準備は何もできてないけど、でも。 たまには、こんな夜があってもいいよね。
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