人生最後の1冊
明日、世界が終わるかもしれない。
最後に1冊だけ本が読めるとしたら、どの本がいいだろう――
天井までびっしり本が並んだ図書館の閲覧室で、私はその日、「人生最後の1冊」を真剣に選んでいた。
幼いころ大好きだった絵本。
小学生のころ、家族が眠った後、布団の中に懐中電灯を持ち込んで、夢中で読んだ冒険小説。
甘酸っぱい恋の味を教えてくれた恋愛小説。
それとも――
そのとき、私のお腹の中で、何かがもぞもぞと動く気配がした。
明日どころか、5分後に世界が終わるかもしれないというのに、私はほほ笑んだ。不思議に心が落ち着いていた。
――お腹の中にいる君が、安心して眠れるような本を選ばないとね。
私はエプロンの上から、ふくらみが目立ってきたお腹をそっと撫でた。
「すみません。本を借りたいんですけど」
書架の向こうで、お客さんが呼んでいる。
「はい! ただいま」
私は急ぎ足でカウンターに戻った。
2011年3月。「あの地震」から1週間が経った日。
私は東北の、小さな町の図書館で働いていた。お腹の中には、夏に生まれてくる予定の子どもがいた。
夫は地震発生直後、救援活動のため津波の被害が大きかった地域へ向かったまま、連絡が取れなかった。
テレビは一日中、原発事故の映像を繰り返し流している。風向き次第で容易に放射性物質が飛んでくる地点に、私は住んでいた。あるいは目に見えないだけで、もう飛んできているのかもしれない。
避難することも考えたが、電車は止まり、高速道路は寸断されている。停電中、暖をとるために車のガソリンをほとんど使い切ってしまい、ガソリンスタンドは灯りが消えたまま、再開の目処すら立っていない。おまけに私は身重で、親戚は皆遠方にいる。
チェックメイト。
この町にとどまり、できる限り子どもを守り抜くほか、今の私にできることはない。
そんなとき、ようやくつながるようになった携帯電話に、見覚えのない番号から電話がかかってきた。
(つづきは↓)
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